社会福祉法人 福島県社会福祉協議会 避難者生活支援・相談センター

NPO法人みんなのとなり組

2016/10/13
 

ラジオ体操とコーチングセミナーで
地域の心の健康度を持続的に改善していきたい


東京電力福島第一原発事故から5年半が過ぎました。原発周辺の12市町村に設定された避難区域では居住制限区域、避難指示解除準備区域の指定解除が相次ぎ、各市町村では帰還に向けてインフラ復旧や除染、商業施設の整備などが進められています。
一方、長引く避難生活による精神的な負担や集約・解体が進む仮設住宅で抱える不安、仮設住宅からの住み替えに伴う心配事など蓄積されていくストレスが人々の心を重くしています。県内の「震災(原発事故)関連死」を調べると2,081人(2016年9月26日現在※)で、宮城県と岩手県と比べても突出しています。ますます心のケアの充実が求められています。
そこで今回のルポは、精神科医の堀有伸さんが代表を務める “NPO法人みんなのとなり組”を訪ねました。

※福島県HP「ふくしま復興ステーション」平成23年東北地方太平洋沖地震による被害状況速報より


自分には力があること、決して一人ではないことを忘れないでほしい

2013年6月、南相馬市で産声を上げたNPO法人みんなのとなり組(以下、みんなのとなり組)は、被災地の精神医療の支援のため2012年4月に東京から居を移し、地域のメンタルヘルスケアに取り組む堀有伸さん(精神科医)が代表を務める団体です。

活動の2つの柱の1つ「ラジオ体操」は、堀さんが南相馬市に引っ越してきて2カ月後に始まった取り組みです。きっかけを伺うと自死予防だったことが分かりました。
「私がこちらにきて間もなくお二人の方が自死で亡くなられました。それはとても痛ましい出来事でした。人は絶望してくると、自分は誰ともつながっていないように思ってしまいます。うつ状態やトラウマの後などもそうです。現実より悲観的な認知が強まるので、自分に力がある、自分は一人ではないことを忘れてしまうのです。本当は繋がれる人がいるのに気づかなかったり、自分から遮断してしまったりしてしまいます。そして、魔がさすと死にたくなってしまったりするのです」。

自死予防のためにも気軽に集まれる場が必要と、ボランティア団体や医療関係者が集まって相談をしました。いろいろなアイデアが出される中で堀さんは、以前読んだ本「自殺予防マニュアル」にあった自殺をしたくなる3つの条件(※)の話をしました。やがて誰かが「ラジオ体操がいいんじゃない」というと、多くの人が賛同しました。

早速、南相馬市原町区高見町仮設住宅にほど近い高見公園(道の駅南相馬の西隣)でラジオ体操が始まりました。続ける中で「みんなのとなり組」が生まれ、体操を続ける期間も定まって行きました。現在は、毎年4月から10月までの雨の日を除く月曜日から金曜日、午前6時半から始まるラジオ放送に合わせて体操をしています。「公園にやってくるのは、高見町仮設で暮らす皆さんと地元の皆さんで、毎回コンスタントに40人くらい。和気あいあいとした雰囲気の中で体操をしています」。多くは年配の方々ですが、夏休みになると近隣の子どもたちもやって来るので80人を超えることもあるそうです。

※自殺をしたくなる3つの条件:
①その人のキャパシティを越えるほど個人に重い負担がかかり過ぎている。
②その人が孤立していて誰にも助けを求められない。
③苦しい状況から逃げるすべがない。
~「自殺予防マニュアル」(ジョン・A・チャイルズ著 星和書店)より~


行動の活性化、心身の健康増進などポテンシャルの高いラジオ体操

丸4年が経過したラジオ体操の効果を堀さんは「適度な運動と生活の枠組みがしっかり作られる点にある」と話します。「昔は、うつ病になるとひたすら休んでいなきゃいけないみたいに言われていました。重症化するとそうなんですけど、最近は、軽いうちは運動した方がいいという意見が強くなってきています。私もそう思います」。 朝6時半にラジオ体操の会場に向かうなど、生活の枠組みがしっかりしていることが心を安定させるとのこと。

「毎日の習慣が崩れた状態が長期化すると、人の心は不安定になります。お正月にはみんなで初詣に行くとか、お盆にはお墓参りに行くなど、私たちの暮らしは季節や時間ごとに構造化されているから生活や文化につながりが生まれます。ラジオ体操は、そうしたつながりを育むことにも奏功したと思います」。

行動の活性化、コミュニティの結びつきの強化、心身の健康増進などポテンシャルの高いラジオ体操は、いつでも誰でも気軽に出来る点も魅力です。「理論的なことを知って始めてもいいですし、何も考えずにスタートして結果的にそうなったというのでもいいと思います。心身の健康のために、どなたがやってくださってもいい取り組みです」とも話していました。

みんなのとなり組の今年度のラジオ体操は、10月いっぱいでおしまいになります。「今後については、周りの皆さんとよく相談しながら考えていきたいと思っています」と堀さん。これまでNPOの事業として続けてきたそうですが、地元の皆さんの自主的な活動として形を変えていくこともやぶさかではないと思っているそうです。



▲左:これまで顔見知りではなかった人たちが集まって暮らすことを余儀なくされた環境で、気軽に参加できる“場”を作ろうとスタートしたラジオ体操。2016年7月、みんなのとなり組は「平成28年度ラジオ体操優良団体等表彰・府県等表彰」で、ラジオ体操を実施している県内の団体の中から選ばれ表彰されました

▲右:みんなのとなり組のフェイスブックにもアップされるラジオ体操の写真は、遠方で暮らすお子さんたちが親御さんの様子を知るために一役買っているとのこと


精神科医療だけでは解決できないことをセミナーで考える

みんなのとなり組のもう1つの柱、コーチングセミナー事業(※)は、精神科医療だけでは解決できないことをコミュニケーションの在り方を考えるところからアプローチしていこうと思ったことがきっかけでした。

「例えば故郷を失ったりだとか、知り合いを亡くしたりすることは、それだけでも心が疲弊し回復するのに何カ月も、時には何年もかかることがあります。心や脳にキャパシティがあるとしたら、明らかに1つの出来事でいっぱいになるようなことが南相馬では一人の人に幾つも重なっています」。

そこで、みんなのとなり組は、鳥取大学竹田研究室の協力を得て、認知療法の技法を用いて「相双地区心理介入プログラム」を開発しました。

「扱うテーマは、トラウマや悲嘆・喪失体験、放射線や賠償金などにかかわる葛藤です。しかし、正面から扱うには、引き起こされる自責の念、絶望、不条理などが質も量もすごくて真正面から抱えるのは本当に辛いものとなりました」。

何かいい方法はないかと探していた時にコーチングと出会ったのだそうです。
特に堀さんが共感したのが、コミュニケーショントレーニングネットワーク(CTN)という団体が実施しているパラダイムシフトコーチングです。クリニックだけでは解決できないことを、コーチングセミナーを開催することを通じて、地域の心の健康度を持続的に改善していきたいと思ったのだそうです。

「傷ついた心を一人で回復に向かわせるのは困難です。人とのつながりが必要です。震災で以前のつながりがバラバラになってしまった今、回復につながる新しいコミュニケーションをと望んでもなかなか容易ではありません。本当のコミュニケーションを成立させるには、ちょっとだけ勇気が必要です。しかし、震災などのトラウマはコミュニケーションに必要な勇気を出すことを邪魔してしまいます。そこで新しい未来を創るために、セミナーで震災後に変わってしまったコミュニケーションを探ったり、個々人のキャパシティを大きくしていく方法を体験したりしながら、新しい未来を創る力を育てたいと思いました」。


コーチングセミナーのひとコマ。写真は、主任講師の佐藤和美さん(南相馬市出身)
▲コーチングセミナーのひとコマ。写真は、主任講師の佐藤和美さん(南相馬市出身)

※コーチングセミナー事業:みんなのとなり組が主催する2016年度パラダイムシフトコーチング連続講座in南相馬『安全と前進を創り出すコミュニケーションがあります』。復興を目指す活動のさまざまな場面で、コミュニケーションのあり方が重要になってきます。コミュニケーションの方法を体験し、現実の中で観察・探究し、そのセンスをつかんで行こうというのが、復興庁「こころの復興」事業の助成を受けて実施しているコーチングセミナー事業です。堀さんもご自分のコミュニケーションのあり方が、CTNのセンスに触れてからずいぶんと変わったと感じられているようです。興味のある方は、ぜひ問い合わせてみてください。2016年6月から2017年3月まで計9回開催されます。
→詳細はこちら


「生活支援相談員さん同士で承認して讃え合ってください」

※ここでご紹介する内容は、堀さんの個人的見解であり、CTNが紹介している「承認」や「聴く」のセンスとは異なった内容が含まれています。

「心の復興は、時間のかかる事業です」と堀さん。このまま継続していきたい自身の社会的な活動と生業が非常に隣り合った分野で有機的に組み合わせてやっていけることに期待して今年4月、ほりメンタルクリニックを南相馬市鹿島区に開業しました。そんな堀さんに、生活支援相談員の皆さんに向けてのアドバイスをお願いするとこんなお話をしてくださいました。

「まずは承認することだと思います。避難生活が長期化するにつれて問題が複雑化している皆さんに寄り添い、そのお話を聞くという大事な仕事をしている自分と仲間を承認してあげてください。目に見える結果が作れないと仕事をした気持ちにならないかもしれませんが、例えば話が長くなって2時間くらいになったとしても、それでどれほど相手の方が救われたか。そういう大事な仕事をしていることを承認してあげてほしいと思います。ぜひ、生活支援相談員さん同士で讃え合ってください」。

また、心のケアというと担当者自身の関わり方の質を高めて対応しようとしがちですが、それにも限界があるとおっしゃっていました。「名人的にスキルをアップさせて、ちょっとでもサインを見逃さないというのだけでは仕事が辛くなるばかりです。私がよく申し上げるのは、内科でも外科でもそうなのですが、重症な方が来た時の事例です。処置をするのに人手が必要なのでスタッフをたくさん集めるんです。心のケアも同じだと思います。重い方には、ケアする人を増やして複数の目で手厚く見守れば、担当者同士で相談もできます」。

話を聞く時も、問題の解決を目指して現実的な行動につなげることを目的に聞くのか、どうしようもない現実とわかっていてその上で気持ちのモヤモヤを聞くのかなど構造化されていると、目的が明確なので疲労度が違ってくるそうです。「聞いたのに何もできなかったというので終わるのではなく、これがこの方のケアになっているんだというように意識を持つだけで違います」。
写真提供(全て):NPO法人みんなのとなり組


■連絡先■

NPO法人みんなのとなり組
〒975-0018 南相馬市原町区北町202サン・エアリB204
TEL0244-32-0490
https://www.facebook.com/37ton/


●取材を終えて●

被災地の精神医療の支援のためにたった一人で南相馬にやってきた堀さんの話は、すべてにおいてなんとかして南相馬を幸いの多い地にしていきたいという思いに溢れていました。誤解を恐れずに言えば、幸いの多い地を取り戻すのではなく、みんなで創造していくというスタンス。3.11で地域のキャパシティ、個人のキャパシティに入りきらないほどの困難を抱えた南相馬に今必要なのは、個人のキャパシティを大きくしていく動きだとも話していました。集団を作っているのは個人なので個人を育てたいと…。生活支援相談員の皆さんの仕事に役立ちそうなサイトも教えていただきましたので以下に記します。併せて福島県の“ふくしま心のケアセンター”も記します。
(井来子)


■ふくしま心のケアセンター

http://kokoro-fukushima.org

■国立精神・神経医療研究センター「こころの情報支援センター」

心のケア・Web講座 9.支援者自身のケア
http://saigai-kokoro.ncnp.go.jp/

■兵庫こころのケアセンター 「サイコロジカルディスカバリー(教育用DVD)」

http://www.j-hits.org/psychological_dvd/

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